新支部長の紹介

新年、明けましておめでとうございます。2026年1月より西岡前支部長より白蓮会館千葉支部を引き継いだ土谷(つちや)です。この記事では私の「人となり」を知って頂くため、プライベートを含めたこれまでの経歴を紹介をしたいと思います。

私は1987年生まれ、奈良県出身の3児の父です(2018年、2019年、2021年生まれの長女、長男、次女がいます)。

私の空手との出会いは16歳の時(2003年)で、地元の友人に誘われたことがきっかけでした。当時入門したのは地元の道場(この流派は消滅しました)で、入門半年後に初めて試合(2003年、西日本新人戦)に出ました。結果はベスト8(初級、軽量級)でしたが、偶然にもこの大会は白蓮会館主催でした。恐らく当時、審判をして下さっていた方々の中には今も白蓮会館の支部長をされている方がいると思います。まさかこの時には約20年後に自分が白蓮会館の支部長になろうとは夢にも思っていませんでした。

その後、大学受験のために一旦空手から離れました(2005年)。受験生の時には学校、食事、睡眠以外は全て(休日なら1日14時間ほど)勉強するような日々を1年ほど過ごし、なんとか第一志望の京都大学理学部に入学しました(2006年)。入学と同時に「京都大学空手同好会」という、正道会館の学生支部で空手を再開しました。学生時代には全関西大会で2度の優勝、正道会館の全日本学生大会では1回生、2回生と連続で同じ人に決勝で負けて準優勝(2007年、2008年の軽量級)、3回生の時にはその人が卒業していたので階級を上げて挑戦して優勝(2009年中量級)、その後2009年の正道会館ウェイト制全日本選手権にも出場しました(でもこれは一回戦負け)。多分この辺りが空手に最も打ち込んでいた時期だと思います。

その後、京都大学大学院(理学研究科)に進学(2010年)してからは時間の余裕が減ったことで稽古への参加頻度を下げつつ細々と続けていましたが大学院1回生の終わり(2011年)よりオランダのユトレヒト大学へ1年間留学することになり、留学中は空手から完全に離れました(ちなみにオランダはK-1全盛期に複数の名選手を生んだ国です!)。帰国後も修士論文の執筆に忙しく、ほとんど運動しない日々を過ごしてなんとか大学院を修了(ちなみにこの時の修士論文はこちらで誰でも閲覧できますのでご興味あれば是非!)し、大阪の会社で社会人をスタートしました(2013年)。

社会人になって少し落ち着いたらすぐにまた空手を再開しました(2014年)。学生時代からお世話になっていた先生に連絡したところ、真正会という新しい流派を立ち上げたとのことでそちらでお世話になりました。当時は気持ちは学生時代のまま、肉体は明らかに衰えているという非常に危ない状態で(笑)、元気いっぱいの中高生を相手にかなりしっかり組手をしていましたが、この時に「このままだと長くは続けられないな」という感覚があったので出席する稽古を壮年部に変更し、追い込みすぎずに楽しむフルコンタクト空手という世界を初めて知りました(当時、稽古仲間とは冗談半分で「健康空手」と言っていましたが、言い得て妙だと思います)。

新卒入社した会社からは2014年末に退職し、2015年1月より現在勤める会社に転職しました。この前後で「時間がないから運動できない」ではなく「運動のために時間を作るべき」「定期的な運動は自身のコンディション改善に直結し、これが仕事のパフォーマンス向上に繋がる」という意識(=コンディショニングという概念)を強く持つようになり、この考えを持ってからはいよいよ競技空手ではなく健康空手として細く永く続けたいと思うようになって週末だけの稽古を続けました。

2019年12月に転勤に伴って内房への移住を決め、こちらでフルコンタクト空手ができる場所を探す中で出会ったのが白蓮会館千葉支部でした(2020年)。

こういった経緯ですので私は白蓮会館一筋というわけではありませんが、だからこそ異なる視点も知った上での指導ができると考えています。

2025年春頃からは西岡師範のサポートの下、次期支部長として稽古指導を主導する機会を頂き、その中で特に年少部においては指導の面白さも難しさも日々実感しています。年少部の指導では技術的な指導のみならず精神面の成長や、机に向かっての勉強では身に付かない能力の育成を意識した指導をしていきたいと考えています。この辺りの私自身の考えについてはまた別途、記事にしたいと思います。

2026年より、新支部長として責任を持って白蓮会館千葉支部の運営にあたって参ります。
これからも何卒よろしくお願い致します。

押忍!

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